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大阪地方裁判所 昭和23年(行)277号の6 判決

原告 山口吉兵衛

被告 大阪府知事

主文

一、別紙第一物件表記載の土地につき

(1)大阪府農地委員会が昭和二三年九月三〇日なした訴願の裁決

(2)大阪市東淀川区農地委員会が昭和二三年八月一二日定めた買収計画

をいずれも取り消す。

二、別紙第二物件表記載の土地につき

(1)  大阪府農地委員会が昭和二三年六月三〇日なした訴願の裁決

(2)  大阪市東淀川区農地委員会が昭和二三年四月二六日定めた買収計画

をいずれも取り消す。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は、主文と同旨の判決を求め、その請求原因として、

「一、大阪市東淀川区農地委員会(以下東淀川区委員会という。)は、原告所有の別紙第一、第二物件表記載の各土地につき、自作農創設特別措置法(自創法)第三条第一項第一号に該当する農地として、同法に基き、昭和二三年八月一二日、右第一物件表記載の土地につき買収の時期を同年一〇月二日とする買収計画を、また、同年四月二六日、右第二物件表記載の土地につき買収の時期を同年七月二日とする買収計画を、それぞれ定めたので、原告は、いずれも異議の申立をしたが却下され、さらに訴願したところ、大阪府農地委員会(以下府委員会という。)は右第一物件表記載の土地については、同年九月三〇日訴願を棄却する裁決をして、同年一〇月三〇日裁決書の謄本を原告に送達し、また、右第二物件表記載の土地については同年六月三〇日訴願を棄却する裁決をして、同年一一月四日裁決書の謄本を原告に送達した。

二、しかし右各買収計画は違法であり、これを是認した各訴願の裁決もまた違法であるから、いずれも取り消さるべきである。すなわち、

(一)  本件各土地は農地ではなく、かつ小作地ではない。本件各土地は、都市計画法第一二条第一項による土地区画整理を施行する地区に属し、土地区画整理組合は、大阪市及び大阪府の指導監督の下に、道路、公園、広場その他の公共施設の新設拡張土地の分合、整地、上下水道、ガス、電燈等の文化的設備の整備、充実を行い、本件各買収計画の数年前、既にその事業を完了し、土地の換地手続も終り、地区内に漸次住宅工場等が相次いで建設されつつある状態である。このように、右地区は、四通八達した道路を中軸として交通機関も完備し、経済、保健衛生上も宅地としての諸条件を具備し、理想的かつ高燥な住宅地帯と一変するに至つた。そして、これらの事業を施行するにあたつては、地区内の農地が自然に荒廃するためその耕作者との間に耕作権をめぐる種々の紛議の生ずることが予想され、かつ早晩耕作関係を清算する必要もあつたから、右組合は、その事業に着手するに先きだち、これら耕作者との間の耕作関係をすべて終局的に解消させた上、事業を施行したのであるから、区画整理地区に関する限り、もはや法律上の小作関係は存在しない。従つて、買収計画当時、食糧補給のため本件各土地につき一時的に蔬菜等を栽培するものがあつて、それは臨時暫定的な特異な社会現象であつて、これら使用者は法律上の権限に基かないで占有するにすぎず、土地本来の用法に基いたものではない。このように本件各土地は、宅地としての基礎条件を具え、宅地としての性格を有するものであつて、賃貸借、使用貸借またはこれに類似する法律上の耕作関係は存しない。

(二)  本件各土地は自創法第五条第四号または第五号により買収から除外すべきものである。自創法第五条第四号は、自作農創設事業と都市建設事業との調整を規定するものであつて、その前段にいう土地区画整理は、都市の建設上、市民の住宅予定地を確保するための宅地の造成を目的とし、従つて、土地区画整理を施行する土地は、耕作に供せられる農地とはその目的、性質を全く異にし、宅地としての用に供せられるべきことは既に決定的であるから、かかる土地を当然買収から除外すべきことを定めるものである。そして、本件各土地は、大阪市都市計画区域内に属し、かつ都市計画法第一二条第一項による土地区画整理を施行する土地であつて、大阪市の都心部に近接し、その周囲部は住宅街に接続し、大阪市及び東淀川区の市民住宅政策、工業政策その他交通、文化等諸般の社会公共の施設の遂行上、絶対不可欠な、北大阪における最も重要な地帯である。現に、東淀川区において、日々、市民住宅、工場、学校等が相次いで建設されつつある驚異的発展膨脹の事実がこれを裏書しており、社会的、経済的、歴史的諸事情よりみて本件各土地はこれを農耕地として利用するより、宅地として利用することが、国家社会に対し稗益するところがはるかに大であり、また、これを継続して耕作することは環境上不可能である。このような諸事情を綜合考察するときは、いかに農民の側に立つてみても、本件各土地につき自作農を創設することが、何としても不合理かつ非常識と云わなければならない。従つて、このような客観的条件が具備する以上、本件各土地については、大阪府知事は、自創法第五条第四号により「都市計画法第一二条第一項の規定による土地区画整理を施行する土地」として、これを買収より除外する指定をすべきものであり、また、東淀川区委員会または府委員会は、自創法第五条第五号により「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」として、これを買収より除外する指定をすべきものである。

(三)  本件各土地はいずれも換地手続を終了しているから、買収計画は、換地につきその地番、地積、所有者を表示してこれを定めなければならない、ところが本件買収計画は、換地の事実を無視し、土地台帳に基き換地前の地番、地積、所有者を表示しているため現況に著しく符合しない違法がある。

以上のように、本件各買収計画及びこれを認容した各訴願の裁決はいずれも違法であるから、その取消を求める。」と述べ、

被告の本案前の申立に対し、「訴願の裁決を経た原処分の取消を求める訴は、原処分庁、裁決庁のいずれを被告として提起しても適法である。」と述べた。

被告は本案前の申立として、「本訴のうち、各買収計画の取消を求める訴を却下する。右訴に関する訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、

「違法な行政処分の取消を求める訴は、その処分庁を被告とすべきものであるから、東淀川区委員会の定めた買収計画の取消を求める訴は、同委員会を被告とすべきものであり、府委員会は被告適格がない。従つて右訴は不適法である。」と述べ、

本案につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

「一、原告主張の一、の事実は認める。なお、東淀川区委員会は、第一物件表記載の土地に対する買収計画については、昭和二三年八月一二日その旨を公告し、翌一三日から同月二二日までこれを縦覧に供し、同月二二日原告が異議の申立をしたので、同年九月七日これを却下する決定をし、同月二〇日原告が訴願したので、府委員会は、同月三〇日訴願を棄却する裁決をして、同日買収計画を承認した。また、第二物件表記載の土地に対する買収計画については、東淀川区委員会は、昭和二三年四月二六日その旨を公告し、翌二七日から同年五月六日までこれを縦覧に供し、同月六日原告が異議の申立をしたので、同月一一日これを却下する決定をし、同年六月五日原告が訴願したので、府委員会は、同月三〇日訴願を棄却する裁決をして、同日買収計画を承認した。大阪府知事は右各買収計画に基き各買収令書を原告に交付した。

二、原告主張二(一)のうち、本件各土地が土地区画整理組合地区に属している事実は認めるが、その余は否認する。本件各土地の現況は、原告主張と全く相違し、土地区画整理事業としては、わずかに幹線道路の形骸が存することと、一部土地につき仮換地処分が行われた程度で、他に見るべき工事は施行されておらず旧態依然たる農地である。いかに旧所有者側の立場に立つてみても、これを宅地としての諸条件を具備した住宅地ということはできない。そして右地区内の大部分の土地につき数十年来小作関係が継続している。第一物件表記載の土地については、九川武雄が昭和二〇年から、また、第二物件表記載の土地については、山尾満男が明治時代から、いずれも小作料反当り米一石の約で原告から借り受けてこれを耕作し、それぞれ昭和二三年まで右小作料は支払済であり、本件各土地は小作地である。

三、原告主張の二(二)のうち、本件土地が自創法第五条第四号前段の土地区画整理を施行する土地であることは認めるが、本件各土地については大阪府知事の同号による指定はない。この指定は、極めて近い将来に公用施設または宅地造成の用地となることの確実な土地に限つてなされるものであるが、本件各土地は右の確実を期し難い地区であり、かつ、右指定は府知事の自由裁量処分に属するから、かりにその処分が不当であつてもこれを違法として取消を求めることはできない。また、本件各土地は自創法第五条第五号該当地でもない。

四、原告主張二(三)のうち、換地手続が終了したという点は否認する。本件地区内の大部分の土地についてはようやく仮換地手続がされた程度で、本換地はできていない。仮換地とは予定地番の設定で換地処分の一つの準備手続にすぎないのであつて、知事の認可及び告示があつて始めて換地処分は確定し、旧地番によつて表示された土地の権利関係が名実ともに換地に変更される。故に、買収計画の対象たる一筆の土地につき、まだ換地処分の確定しない限り、土地台帳記載の地番によつて当該土地の表示をするのが当然であり、従つて、地積、所有者の表示もまた同様である。

以上のとおり、本件各買収計画及び各訴願の裁決には違法はない」と述べた。

立証(省略)

理由

一、まず本訴は、府委員会を被告として、東淀川区委員会の定めた買収計画と、これを是認した府委員会の訴願の裁決との取消を求めるものであるところ、被告は、買収計画の取消を求める訴につき府委員会は被告適格を有しない旨、抗弁するので考えてみる。行政事件訴訟特例法第三条は、行政処分の取消を求める訴につき当該行政処分をした行政庁を被告とすべきものと定めるのであるが、その趣旨は、この種の訴においては行政処分の適否そのものが訴の目的となるから、その権限に基いて行政処分をした事情に明るい当該行政庁をして訴訟を担当させることが訴訟の適正妥当な解決をはかる上に最も便宜かつ適当であるとするからにほかならない。ところで、都道府県農地委員会は、裁決庁として、市町村農地委員会の買収計画に関する訴願の手続において、これを取消、変更する権限を有するのであつて、裁決庁が訴願に対し、その実体につき審理を経、買収計画の適法性、妥当性を是認して訴願を棄却する裁決をした場合には、かかる裁決の適法性を考えるに当つては同時に買収計画の適法性を問題にしなければならず、また、買収計画に違法があればその違法は当然裁決に承継される関係にあるのであるからこのような関係にある以上、裁決庁を被告として裁決の取消を求めるのに際し、同時にその基礎となつた買収計画の取消を併せ求めることを許しても、前記法条の趣旨に反するところは全くない。本件の府委員会の裁決が、その実体の審理を経て買収計画を是認し、訴願を棄却したものであることは、次に述べるとおり当事者間に争いのないところであるから、裁決庁たる府委員会を被告として、裁決の取消に併せ、その基礎となつた買収計画の取消を求める本訴を不適法ということはできず、被告の抗弁は理由がない。

二、そこで本案について判断する。東淀川区委員会が、原告所有の本件各土地につき、自創法第三条第一項第一号に該当する農地として、昭和二三年八月一二日、第一物件表記載の土地につき買収の時期を同年一〇月二日とする買収計画を、また、同年四月二六日、第二物件表記載の土地につき買収の時期を同年七月二日とする買収計画を、それぞれ定めたので、原告がそれぞれ異議の申立をしたが却下され、さらに訴願したところ、府委員会が第一物件表記載の土地につき、同年九月三〇日訴願を棄却する裁決をして、同年一〇月三〇日裁決の謄本を原告に送達し、また、第二物件表記載の土地につき、同年六月三〇日訴願を棄却する裁決をして、同年十一月四日裁決書の謄本を原告に送達したことは、いずれも当事者間に争いがない。

三、被告は、本件各土地は九川武雄、山尾満男がそれぞれ原告から賃借耕作していた小作地であると主張し、原告がこれを争うので、まず、この点から考えてみる、証人九川武雄(一部)、同山尾満男の各証言、原告本人尋問の結果によれば、本件各土地はもと原告の父山口吉兵衛の所有であつたが、昭和一一年家督相続により原告の所有となつたこと、第一物件表記載の土地は九川武雄がその父九川長吉とともに戦争中から、また第二物件表記載の土地は山尾満男が明治の終りか大正の初め頃から、それぞれ地主たる原告父子との間のはつきりした契約なしに、無償で、耕作していたこと、原告は本件各土地の付近に居住せず、右九川や山尾が耕作していた事実を知らなかつたこと、が認められる。証人九川武雄の証言中、同人が年貢を支払つていたという部分は、原告本人の供述に照らし信用しない。右事実によれば、原告と右耕作者等との間に賃貸借契約が存在しなかつたことが明らかであるのみならず、原告が九川や山尾の右耕作の事実を知りながらこれを黙認していたという事情も認められないから、使用貸借関係が成立していたものとも云えない。そしてほかに、小作関係の存在を認めるにたる証拠はないから、本件各土地を小作地ということはできない。

四、そうすると、本件各土地を小作地と認めてされた本件各買収計画は違法であり、従つてこれを是認した各訴願の裁決もまた違法であり、いずれも取り消さるべきものである。従つて原告主張のその他の違法原因につき判断するまでもなく、本訴請求は正当であるから、すべてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用の上主文のとおり判決する。

(裁判官 平峯隆 松田延雄 高橋欣一)

(別紙省略)

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